輿水幸子の「カワイイ」について

 輿水幸子というキャラクターは、いつも自分のことを『カワイイ』と自称していることで有名です。彼女のセリフを読むと、徹頭徹尾カワイイ、カワイイ、カワイイ……カワイイのゲシュタルト崩壊を起こしそうです。

 なぜ彼女はそんなにもしつこいくらいにカワイイを自称するのでしょうか。また、彼女のその姿勢はどのように形成され、今日に至ったのでしょうか。この文章は、幸子Pを自称する私が思う幸子の「カワイイ」というものの形とその由来について述べたものです。私の個人的な考えに基づくので、「そうなんだぁ」「ほんまか」などと相槌を打ちながら気軽に読んでいただけますと幸いです。また、断定していてももしかしたら事実と異なることがあるかもしれません。予めご了承ください。

 

 まずは、幸子のキャラクター性について簡単におさらいをしましょう。シンデレラガールズにおいてアイドル自身の自己紹介ではなく第三者視点でキャラクターを紹介しているところは貴重で、ここではモバマスのフライデーナイトフィーバーのアイドル紹介を引用します。というか、私が知っているのはここだけです……。そこでは次のように紹介されています。『一見自信たっぷりな発言には、どこか虚勢や認められたい気持ちが見え隠れするとか。』

いかがでしょうか。私は短い文章でとてもよく彼女のことを表現できていると思います。もちろん十分とは言えませんが、これを起点にして考えてみましょう。まずこの文章から読み取れるのは、彼女が自信ありげな言動をすること、そこには虚勢と承認欲求が隠れていることの二つです。「自信ありげな言動」は自然に考えれば自信があるから起きるものです。しかし、虚勢と承認欲求があるということはどういうことが言えるのでしょうか。まずは彼女の過去にさかのぼって考えることにしましょう。

 

さて、彼女の生家はどのような環境であったと思いますか。まず確かなのは、両親は彼女を大変かわいがってきたということです。これは「あんさんぶる!」という四コマ形式のコミカライズが最も直接的に表現しています。該当の四コマでは「幸子4歳」という題で、両親と思われる大人に『とってもカワイイよ』『どんな子も幸子にはかないませんよ』と言われ、『ボクが一番?』と幸子が得意げになっている様子が見られます。14歳の彼女が見ている夢というオチではあるのですが、その他の要素から考えても史実としてしまって問題ないかと思います。裏付ける他のセリフとしてはぷちデレラの『パパもママも、ボクがカワイイって褒めてくれるんです!世間のみんなもそう思わせてみせます!』などでしょうか。このように、幸子は両親に玉のように大事にされて成長しました。そして、彼女自身も本当の意味で自分が一番可愛いと思って大きくなったのだと思います。幼い幸子が住む狭い世界においては、間違いなく彼女が一番だったのでしょう。

 

少し時間を進めて今度は小学校に入学したくらいの幸子について考えてみましょう。まず、彼女の学校はエスカレーター式の学校に通っています。母親が服を見繕うほどの溺愛ぶりからして、小学校では既に私立の学校だったのだと思います。しかしそこで幸子が会った人々は、彼女と同様に大切に育てられてきた子供たちです。彼女はそこで、自分だけが特別ではないと知ったのでしょう。また、才能というのは残酷なもので、幸子は運動も勉強もそれほど得意な方ではありません。彼女がレッスンや宿題に苦戦している姿は、たびたび描写されています。また、裕福な家庭が集まる私立の小学校ともなれば、習い事だってただやっているというだけではステータスとはなり得ない世界でしょう。そこで、幸子は自分が一番などではないのではないかと疑念を抱いたのだと思います。では、ここで彼女の精神はどのように変わったのでしょうか。そこで、現在の彼女の性質から考えてみます。もう一度彼女の紹介文を見て見ましょう。『一見自信たっぷりな発言には、どこか虚勢や認められたい気持ちが見え隠れするとか。』

愛する両親が与えてくれた絶対的な自信。それは大層心地よいものだったでしょう。ですから、両親の言葉を信じたい、嘘にしたくないという気持ちがあったと思います。しかし、それを完全に鵜呑みにして信じられるほど彼女はもう子供ではありません。どの分野でも、客観的な指標では一番とはなり得ないことを感じてしまったからです。ではどうしましょう。私は、ここで彼女がとった選択がまさしく「『カワイイ』の自称」であると考えます。これがどういうことなのかを説明するには、まず『カワイイ』という概念について説明する必要があります。

 

『カワイイ』とは、簡単に言ってしまえば輿水幸子による輿水幸子のための指標です。『かわいい』や『可愛い』とは似て非なるオリジナルのものです。まず、『カワイイ』が他の同音異義語と別物であることは、幸子自身の発言の節々から感じることができます。まず、普通の『可愛い』の辞書的な意味を述べておきます。大辞泉によれば可愛いとは、『①小さいもの、弱いものなどに心引かれる気持ちをいだくさま。②物が小さくできていて、愛らしく見えるさま。③無邪気で、憎めない。すれてなく、子供っぽい。』などといった意味です。

もちろんこの意味に収まるとみなせる用法がほとんどですが、これを逸脱したものとして例えば次のような発言が顕著でしょう。『0点よりも、満点のほうがカワイイ』『カワイイの限界』『カワイイとはボクそのもの』などです。そして、幸子はこうも言っています。『ボクがカワイイのなんて常識以前』『ボクがいつからカワイイかって?そんなの生まれた時からです』『ボクからカワイさを取ったら、何も残りませんよ?』これらのことから、彼女の言う『カワイイ』という概念は普通の『可愛い』とは少し異なる、彼女が生み出した彼女のためのものであるということであると考えられます。

 

これを踏まえて、自己のプライドを脅かすターニングポイントに至った彼女が『カワイイ』を自称し始めるという先程の仮説を考慮しましょう。すると『カワイイ』とは、客観的な一番の指標を失った彼女がそれでも自分の価値を信じるために生み出した概念ではないかと考えられます。彼女自身が生み出した指標であるならば、そこでは彼女だけが一番を決めることができます。しかし、これは自己の承認欲求を強引に満たすためのある種の逃げです。事務所に入ったばかりの彼女の発言を見ると、これがよくない方向にも働いていることが分かります。『ボクにレッスンが必要だとは思えません。だってボクはカワイイですからね。それだけで十分でしょう』つまり、『カワイイ』を自称することによって幸子が現状に甘んじて努力を怠ってしまうという面があるということです。

また、本来『カワイイ』を定義するのは幸子本人であるのですが、初期Rのセリフにあるように『ボクがカワイイって証明するの手伝ってくださいね!』と、他人に認めてもらうことにウェイトが感じられます。これは、客観的な評価に飢えた彼女が自分で生み出した『カワイイ』という概念を自分の中だけで完結させることでは満足できず、さらなる客観的な指標として他者の評価を求めたということでしょう。簡単に言えば、自我を保とうと自分を『カワイイ』と言い始めたけど他の人にも認めてほしくなったということです。

このように、初期の幸子の『カワイイ』は大変不安定な地盤しかありません。大した拠り所のない彼女にとっては、それでもつかむしかなかったのです。これは、14歳の真面目な女の子が自己のアイデンティティを見失って、新しいアイデンティティを自分で作ろうとしたという健気で胸が苦しくなるような、そんな物語です。

 

これで『カワイイ』という概念は、彼女が彼女自身を守るために生み出したヨロイであったという私の考えが分かっていただけたと思います。しかし、これで彼女の『カワイイ』は終わりません。彼女の『カワイイ』は彼女を高めるためにも機能しているのです。むしろ、私はこの面の方をこそ強調したいと思います。例えばアニメの輿水幸子というアイドルは、経験も頼りがいもある先輩アイドルとして登場します。もちろん『虚勢や認められたい気持ち』は依然としてあるものの、アイドルとしての自信や自負が見られます。これは、彼女が用いた『カワイイ』という魔法が上手く機能しているということでしょう。例えば、現在の彼女は常に上の『カワイイ』を目指して日々努力しています。(例)『カワイイ』を彼女自身が規定するのならば、自己の『カワイさ』よりも上のものを想定する必要はないはずです。しかし、彼女は現状に甘んじません。それは現在で満足しないという貪欲から来るのかもしれません。しかし、常に今よりも高みを目指す彼女の姿勢は美しく気高いものだと信じています。

 

ボクだって成長しているんですよ?本当のカワイさとはなにか。アイドルとして活躍するうちに、その考えも深まってきました。(「デレステ [自称・スウィートヒロイン]輿水幸子」より)

 

というセリフからも、彼女が真剣に前に向かって歩んでいるということが分かります。

また、現在の彼女は『カワイさ』に関しての余裕も有しています。

 

一番カワイイのはこのボクです!異論は…まぁ、あるでしょうけど(「デレステ [自称・カワイイ]輿水幸子」より)

というセリフからもその余裕が感じられます。自分の中の一番は譲らないが、人それぞれに一番があるということを認められているのです。それでいいと思えている彼女は、14歳の女の子としてはなんと大人なのでしょう。それまでに感じてきたこと、考えてきたことを考えると、愛おしくなります。

このように、かつては不完全だった『カワイイ』という概念も、今はより洗練されて彼女とともに前に進んでいるのです。

 

 以上が、私が考える輿水幸子という女の子の『カワイイ』という言葉の由来と現在です。いかがでしょうか。割と仮定を置いたので解釈が異なるPもいるかと思いますが、そういう考えをしているPもいるのかと思っていただけると嬉しいです。ここまで読んでくださってありがとうございました。それでは失礼します。

 

ボクの魅力は、生まれ持ったカワイさだけじゃありませんから。(「デレステ [自称・スウィートヒロイン]輿水幸子」より)